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札幌地方裁判所 昭和51年(行ウ)5号 判決 1977年11月04日

原告

増本製茶株式会社

右代表者

藤田周已

右訴訟代理人

牧雅俊

被告

札幌北税務署長

魚住溥之

被告

札幌国税局長

内村満男

右被告両名指定代理人

小林正明

外六名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一請求原因第一項、第二項に記載の事実(但し、審査請求棄却の日付に関するものを除く)はすべて当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、昭和五〇年一二月三日付で審査請求棄却の裁決が為されていることが認められる。また<証拠>によると右確定申告の内容は別紙法人税確定申告書(写)のとおりであること、および更正請求の内容は別紙更正の請求書(写)のとおりであることが認められる。他に右認定に反する証拠はない。

そして、請求原因第三項1(二)(2)(ロ)記載の事実およびこの代物弁済によつて原告会社に益金六一六〇万四二一九円を生ぜしめたこと、また原告会社が更生手続終結のための決算日を昭和四八年六月三〇日として当庁に会社更生手続終結を申立て、同申立は同年七月一七日認可されたこと、および原告会社は昭和四九年一月三一日解散の決議をしたことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

二ところで法人税法は、内国法人である普通法人または協同組合等が事業年度の中途において解散(但し合併によるものを除く)を行なつた場合、その事業年度を解散の日以前と解散の日の翌日以後の期間とに二分し、それぞれを一事業年度と看做して、前者についてはその事業年度の所得に対する法人税を課税し、後者の期間に生じた所得については清算所得に対する法人税を課税する旨を定めている。そして右区分した事業年度によつて所得の算出方法や税率等に差異を設けている。例えば本件で問題となつている繰越欠損金の損金算入の範囲についてみるに、前者の期間であれば同法第五七条によつて、事業年度開始の日から遡る五年以内に開始され、かつ青色申告書を提出した事業年度において生じた欠損に相当する金額は、その控除される事業年度の所得金額の限度で所得金額から控除されるのに対し、後者の期間であれば同法第九三条等の制限は及ぶにしても右の如く限定して控除を行なう根拠はなく、かかる限定なくして繰越欠損金の損金算入を認めることができるのである。この意味で、原告が法人税法第一四条第一号に定める「解散」の意義を問題にし、本件における争点の一として主張していること自体は首肯できるところである。

しかし、原告が主張するように会社更生手続の終結決算日をもつて右「解散」に該たるとするのは根拠がなく、採ることができない。同条同号に定める「解散」の時期が所得計算の区切りとしての意義を持つことは前述のとおりであつて、さすれば右の「解散」とは営業停止および清算手続開始を意味する商法上の解散と同意義に解するのが相当であり、原告主張の時期は右の意味での解散ということは出来ないからである。原告は右の如く解するのは形式論にすぎないとし、その理由を、会社更生手続終結の申立は原告会社の解散を目的としたものであつてその終結決算日以降は解散に向けて企業活動をしていたにすぎないから、実質上右決算日をもつて清算手続の開始があつた、と述べる。しかし、会社更生手続終結を申立てた目的やその後の企業活動の目的が右主張のとおりだとしても、それは原告会社代表者らの意図ないし動機というにとどまるものにすぎず、本件全証拠によつても右時点で商法第四〇四条各号に定める解散事由が実質上存在したということは出来ないから、実質論としても右時点で清算手続が開始したとは認めがたい。

三また原告は、請求原因第三項1(二)(2)(ロ)において原告と訴外岩田滉間の代物弁済契約およびその履行、清算の完了とをいいながら、同項1(二)(2)の(ハ)および(ニ)において右完了の時期は右両者間で解散の日以降にする旨定めることが可能であり、また右代物弁済も解散計画の一としてなされたものであるから、実質論からして右完了の時期を解散の日以降の日と認むべきであると主張する。

しかし、仮に代物弁済が原告会社の解散を図るためのものであり、右完了時期を解散の日以降の日とすることに訴外岩田滉に異議がなかつたことが事実であるとしても、現実に昭和四八年九月には代物弁済がされて移転登記を経由し、清算も完了しているのであつて(この事実は当事者間に争いがない)、実質論からしても右時点で益金の発生を認めるのが当然である。原告の右立論は独自の見解によるもので採ることが出来ない。

四次に原告は、被告税務署長の更正請求棄却の処分は、禁反言の原則ないし信義誠実の原則に反する旨主張するので、以下に判断する。

禁反言の原則ないし信義誠実の原則(以下禁反言の原則という)は、正義の一体現としてあらゆる法分野にわたつて認められるものであり、これを特に租税法の分野においてのみ適用がないとする根拠はない。しかし国民に対する課税の平等や負担の公平ということも同じく正義の理念のあらわれであつて、かかる要請を尊重すべきことは勿論である。従つて、租税法の分野における禁反言の原則の適用の要件は、あの正義と、この正義と、二つのものの間の重要度の衡量の結果において定められる。そして右衡量を行なうにあたつては、納税義務者が信頼した行政庁側の行動(即ち誤まつた内容を明らかにすることは勿論、その行動がいかなる手続や方法により為されたものであるか等)について検討するのをはじめ、行政庁側の行動を納税者が信頼したことが正当な理由を持つか否か(本件のような税務相談の場合、相談にあたり回答の前提となる具体的な事情を相談者がどこまで明らかにしたかを含む)信頼して行為しあるいは行為しなかつたことによる不利益の内容、そしてその不利益を回復する場合における他の納税者との均衡の程度等、諸般の事情を検討したうえ総合的に判断されることが必要である。

これを本件についてみるに本件で納税義務者たる原告が信頼した行政庁側の行動を原告の主張からみると、東京国税局調査課長臼井一彦がその執務室にて行なつた税務相談の席上における誤つた回答であり、そのため原告が被つた不利益とは、正確な回答を受けていた場合には節税の処理をすることが可能であつたのに、これを誤つて節税を図り得なかつたというものである。被告らはかかる主張に対し、税務相談においての誤まつた指導ないし回答については、およそ禁反言の原則の適用がないとし、その理由として、税務相談における指導は一般的、抽象的なものにとどまるのみか、その回答は相談者の主観的、恣意的事実関係を前提とした税法適用上の単なる意見もしくは意向の表明に止まるものであつて、相談者を拘束する法的効果を有するものではないとする。即ち右主張はそれ自体失当だというのである。よつて判断するに、なるほど納税者がする法人税の申告は自らの判断と責任においてこれを行なうものであり、申告に至るまでの過程で為された税務相談における指導、回答は相談者を法的に拘束するものではないこと、はいずれも被告ら所論のとおりであるが、しかし税務行政の円滑な遂行のため税務相談のはたしている重要性に鑑みれば、それが法的に拘束を与えないまでも事実上拘束あるいは大きな影響を与える場合があることが推認できるのであつて、さすれば、税務相談における税務当局ないしその職員の指導、回答といえども、全く責任の埓外に置かれるとするのは妥当でなく、前述した総合的判断の下で、自らの指導ないし回答の内容に拘束される余地があると解するのが相当である。以上の理由からして、原告の右主張を主張自体失当とすることは出来ないのである。しかも原告の主張によれば、本来適法に節税を図れるところ、誤つた指導ないし回答によつてその機会を逸し、節税を図り得なかつたことをもつて不利益と主張するものである。もし、その主張のとおりとすれば、本来国民の義務として納むべき租税債務ないし負担を免れる結果を導くものとは異なり、本来負担しないことも可能であつたのに税務当局側の誤つた指導、回答で、租税債務ないし負担を負うに至つたというものであつて、かえつて節税を図り得た納税者と比べその負担において不平等な結果を招来していることとなるのである。さすれば本件において禁反言の原則の適用要件を考慮するにあたつても、前記の租税法律主義からする制約を重視する根拠はなく、むしろ行政庁側の行動や、右行動を納税者が信頼したことが正当の理由をもつか否か信頼するに至つた事情等が重視されなければならないものである。言い換えると、本件は租税法律主義を理由に原告の右主張を失当とする事案でもないのである。

しかし結論から言うと、本件では前記臼井一彦課長がした税務相談において誤つた指導ないし回答があつたとは認めがたく、結局禁反言の原則に反するとの原告の主張は採るを得ないものである。即ち原告代表者は前記臼井一彦課長は原告の税務相談における席上「解散の場合損金も控除ができる」旨を回答したと供述するが、しかし、右回答の内容をみるに、これだけの言葉をとりあげて一般的、抽象的に検討するかぎりにおいては誤りであるということは出来ず、右回答が請求原因第三項2(二)に記載する意味で為されたと断ずるのは困難である。しかも同供述によれば、右税務相談の席上では本件不動産の処分時期については質問ないし相談が及んでいないとのことであるし、また原告は請求原因第一項記載の確定申告を行なつているが、その申告書では当該事業年度開始の日から五年以上遡る事業年度において生じている繰越欠損金について損金算入の処置をとつていないこと前記認定したとおりであることもあわせ考慮すればむしろ前記臼井一彦課長が原告主張の誤つた回答をしたとの事実は無かつたのではあるまいか、とも推測が可能である。他に右主張事実を認め得る証拠はない。

五以上によれば、その余の検討を俟たずして原告が主張するところはいずれも採用するに由なく、前記認定した事実に当事者間に争いのない事実とを併せ検討するとき、被告税務署長の本件更正請求棄却処分ならびに本件差押処分に違法はないから、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(丹宗朝子 前川蒙志 上原裕之)

物件目録(一)、(二)<略>

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